須藤 修|所属弁護士|須藤綜合法律事務所

所属弁護士

須藤 修

所属

第二東京弁護士会
信託法学会

経歴

1952年 (昭和27年)1月24日 岐阜県生まれ
1977年(昭和52年)10月 司法試験合格
1978年(昭和53年)3月 東京大学法学部卒業
1980年(昭和55年)3月 司法研修所修了(32期)
1980年(昭和55年)4月 弁護士登録
東京八重洲法律事務所入所
1983年(昭和58年)4月 東京八重洲法律事務所パートナー
1993年(平成5年) 4月 東京八重洲法律事務所と桝田江尻法律事務所の合併によるあさひ法律事務所(現:あさひ法律事務所、西村・あさひ法律事務所)創設・パートナー
1999年(平成11年)6月 須藤・髙井法律事務所開設・パートナー
2016年(平成28年)5月 須藤綜合法律事務所開設・パートナー

自己紹介

※本欄には年次ごとの近況報告を以下に記載しておりますので、各年次ごとにクリックしてご覧下さい。

昨年の5月の連休は、ネパールへ行った。カトマンズへ入り一泊ののち、早朝、エベレスト周遊の双発機にひとり乗り込む。片側10人ほどの小さな飛行機で、エベレストが近くなると1人ずつコックピットに招き入れられた。眼前のエベレストの山肌が不気味に映る。三浦雄一郎さんがあの頂きに立つために既にカトマンズ入りしたと聞いていたせいか、切り立った稜線に人を寄せ付けない迫力を感じた。その日の午後、ネパールのチトワン国立公園に入った。今回はインドサイに会うのが目的だ。初日はトレッキングで沼地を見て回ったが会えず。2日目は象の背に乗って沼地へ出陣。プルカリ(美しい花)という名の年老いたメス象。頭の上に象使いが乗り、僕とネパール人ガイドが背に乗った。早朝のひんやりした空気のなか、しばらく沼地をすすむとガイドが小さく耳元で「ライノウ」。その指示する方向をみるとシロサイが草地の中に身を潜めていた。角は1本だが立派だ。鋭い眼がこちらを睨んでいる。野性の眼だ。プルカリはゆっくり歩を進め、数メートルの距離まで接近した。鎧のような皮膚がはっきり見える。シロサイの名の由来の幅広の口(このワイドがホワイトに転化したらしい)には草が咥えられている。決して逃げようとしないが、周囲は息が詰まるほど緊張感で張りつめている。すると、象使いが絶妙のタイミングで象の鼻を斜め前方に向けた。立派な1本角のシロサイは何事もなかったかのように再び草を食べ始めた。
 そのあと、プルカリに乗って2時間ほど国立公園の沼地を散策したが新らたな遭遇はなかった。そのせいか、プルカリの耳の横に置かれた僕の右踵がいつになく鋭敏になり、プルカリの熱き血潮や排泄の際の息みを感じ続けることとなった。プルカリの背をあとにしてからも、しばらくの間、手の先まで動物本来の皮膚感覚が戻った気がしたのは、気のせいであろうか。肌をもって体験した「いとおしさ」は何か後ろ髪をひかれるものだった。
 さらに、7月末には2週間ほどブラジルの真ん中に位置するパンタナールという湿地帯へ赴いた。パンタナールはちょうど乾期へと移行している最中で、珍しい鳥たちが群をなしており、バードウォッチング愛好家にとっては、たまらない地だ。僕は余り鳥には興味がなかったけど、旅行の後半に訪れた川べりでは、カヌーで間近に美しく着飾った大小の鳥たちにすっかり魅了された。とりわけ、カワセミ、ヤマセミの優雅な姿にはほれぼれ。
 パンタナールはその前年(一昨年)行くことを計画していたが、現地に住んでいる日本人の写真家兼ガイドさん(湯川さん)の予定が既に埋まっていたため、一年越しの夢が叶ったもの。湯川さんはネットでみつけた人で、パンタナールを知り尽くしている。動植物の生態系を熟知していた。例えば、パンタナールの森は、アマゾンの森のように出来上がったものでなく、生成途上にあるとのこと。確かに説明されると納得する。また、動物のフンを見つけると、それを壊し、食生活のさまざまな細かい点までを具体的な実例を示しながら教えてくれた。彼のお陰で、これまで動物にこそ興味はあれ、その住み家の森や草原、そして川などには関心を示していなかった僕も、森が生きている様や、川が朝、昼、夕と姿を変え、鼓動していることを感じることができた。すると、不思議なことに、朝、昼、夜と、動き回る動物たちの気配の違いも分かるのです。彼らの足音で動きを聞き分ける湯川さんの技はすごく、彼の説明を聞いていると、少しずつ、それらしく聞き分けられるようになるのが嬉しかった。チトワンといいパンタナールといい、五感の細胞が生き生きと蘇ったことが感動です。
 さて、パンタナールの動物だが、野鳥のほかワニとカピバラが至るところに住んでいて、すっかりお友だちになった気がした。もともと会いたいと思っていたグリーン・イグアナとアルマジロとは、いずれも瞬時の出会いだったが、目的達成。グリーン・イグアナはガラパゴスと違い、川辺の木々の上に生息しており、保護色ということもあり見つけ難いが、湯川さんが一匹遠目で拝ませてくれた。アルマジロは腹の帯の付き具合でいくつかの種類があるが、2種類見つけることができた。いずれもすばしっこくて、こちらの見つけたという気配を感じると猛烈なダッシュで穴に逃げ込んでしまう。あれだけ早ければ、あんな重そうな鎧は要らないのではないかと思ったが、あちこちと穴を掘って住み家を転々とさせているところをみると、天敵の魔の手は予想外なのだろう(ちょうど、マダガスカルのアイアイの魔の人差し指のように)。
 パンタナールの大成果は、前半の森・草原での散策では、小アリクイ、大アリクイだった。アリクイは文字通りアリを食するが、大と小とでは対象が違っているようだった。自然の中のアリクイはそもそも人間に危害を加えられたことがないのと、湯川さんが常に風下に陣取ったせいで、全く私と湯川さんの存在には気付かなかった。小アリクイは30センチくらいで尾が小じんまりしている。湯川さん曰く小アリクイとはしばしば遭遇するとのことだが、大アリクイと1メートルくらいの近さで遭遇するのは極めて稀とのこと。大きなすすきの穂を尾に華やかに飾ってゆっくり歩く姿は壮観。鼻は効くが眼は見えないとのことで、常に風下にいた我々には全く気づかず。こんなにおっとりとしていたら、襲われるのではないかと心配でした。
次なる大物は大カワウソ。10メートル弱の幅の川を湯川さんのカヌーでのんびり散策していたときのこと。朝早くに川面にカヌーを浮かべてから相当時間が経ち、日も傾きかけたので帰途についたときでした。大カワウソの家族3匹(頭?)と遭遇。彼らは川面に3つの筋をつくり、川下からどんどん接近してきたのです。驚いたことに、突然湯川さんがキュエキュエキュエという声をあげた。すると、彼らも同じようにキュエキュエキュエと叫ぶのです!!湯川さんと大カワウソたちのコミュニケーションが続くなか、彼らは我々のカヌーを取り囲み、船腹をくぐり抜け、またターンし、その間キュエキュエという奇声を発するのです。湯川さんも負けじと奇声。長かったようにも短かったようにも感じましたが、あっという間に彼らは去ってゆきました。今でも思います、あれは何んだったのか?以前、映画「未知との遭遇」で独特の音階の下で宇宙人と交わしたコミュニケーション、あれと同じでした。何んだか物すごく感激。湯川さんにとっても、ごく稀な出来事とのこと。3メートルはあるでしょうか、まんまる目玉のヒゲ面の大カワウソたち。なんだか龍宮城でタイやヒラメの歓迎をうけたようでした。何十億年か前の祖先から受け継ぎそれぞれに進化し、今は大カワウソとヒトとに分かれてはいるが、ずっと昔は共通の仲間だった連中と触れ合い語り合う。なんとすばらしいことでしょうか!!これだからやめられません。〔平成26年3月追記〕

2012年のGWは、ベンガル虎との出会いを求めて、インドのバンダウガル国立公園へ赴きました。バンダウガルでは計5回に亘り公園の中をベンガル虎の姿を求めてジープで走り回りました(ただし、走れるルートは決まっていて、国立公園の管理人が必ず同乗するので、そのルートをはずれることはできません)。うち3回、虎に遭遇することができました。最初は、水飲み場に喉を潤すためにやって来た壮年の虎で、かなり遠くから望遠鏡と望遠カメラで、ゆったりと水を飲む姿を眺めました。5月は乾期で干上がっているため、水飲み場に降りてくる虎に遭遇できるので、この時期だけ公園内サファリツアーが解禁されるそうです。2回目は、次の日の早朝、河で水を飲んだあとの虎の母子3頭でした。我々のジープが止まっている道(当然舗装されていない)をのしのし歩く母虎とそのあとをちょこちょこ歩く2頭の子供の虎でした。人間やジープを見ても、全く無視しているのは、その公園の中では虎が生態系の頂点に立っており、人間が手出しすることもないので、まさにキング然としているのです。最後は、その日の朝の一時間くらい後で、山林の起伏の中を足取り軽く、まさに軽快なフットワークで歩いたり走ったりする若虎でした。これは超カッコいい。鳥肌が立ち身震いするという体験は初めてでした。昨年サバンナでみたライオンも、いかにも百獣の王という風格があり、獲物のヌーを狙う雌ライオンには野性そのものを実感しましたが、ベンガルの若虎は、うわぁ、こえ~、っていう感じで、いかにも生態系の頂点に君臨している勇者の風格があり大いに感動しました。
 広大な公園の中では、ほかにも、シカやクジャクなど多くの生き物がひたすら食べて、まさに命を育んでいました。
 こうした公園を管理するには多大なコストが掛かると思われますが、それでも虎はまだ絶滅危惧種だそうです。インドの市内で見た貧しさの解消も必要だが、生物の多様性を維持することも、同じように大切なことですね。
 夏は8月に、インドネシアのバリ島から2時間くらいのところに浮かぶ小さな島であるコモド島とリンチャ島をおとずれました。ここは、いわずと知れたコモド・ドラゴン(コモド大トカゲ)の生息する島です。この2つの島にしかいない(実は、今年の2月にバンコクのゴルフ場で大トカゲを幾度となく眼にしたが、それをキャディさんがコモド・ドラゴンと呼んでいました。現地に在住している日本人に聞くと、その大トカゲはバンコク市内のルンピニー公園などにも沢山住んでいて、地元の人はコモド・ドラゴンと呼んでいるとか。あとで調べたところ、ミズ大トカゲでした)。
 このコモド・ドラゴンは大人になると、体長2~3mで、なかなかの迫力。しかも、雑食で、シカなどを丸のみしてしまうというから怖い。唾液に毒を含んでいるとかで、かみ付いたあと、その毒が全身にまわるのを待って、丸のみしてしまうそうです。両島のトレッキングコース(これを正規の資格をもった管理人が付き添って、特定されたコースのみを回る)を歩き回りましたが、3mぐらいの大きい奴は、よほど近寄らないと飛びかかってこないだろう(管理人は、先がY字に分かれた木の棒を必ず携行していて、それでコモド・ドラゴンから人間を守るとのこと)と思うので、恐怖感は大きくありませんが、虎と同じで1mくらいの若くてギラギラしている奴は動作も俊敏で、獲物目がけて素早く走るので、怖かった。でかくて年老いた奴は、肌も土まみれで汚なく、よく云えば落ち着いているが、若い奴は、若虎と同じような殺気を感じます。そういえば、コモド島ではコモド・ドラゴンが生態系の頂きに立っているとか。まさに向かうところ敵なしで、ギラついている奴は本当に怖いです。それと対比するのは何んですが、人間社会、とりわけ我国の青年男子をみると、若いベンガル虎やコモド・ドラゴンのような野獣の迫力とは別の意味の迫力をみなぎらせている奴、バイタリティ溢れる奴をほとんど見かけません。なんか、なげかわしいですね。稀に知性みなぎる青年でバリバリ仕事をやる奴はカッコいいなと羨ましく思うのは年を取った証拠ですね。
 いずれにせよ、大自然の中で、人間社会と隔離されて、もっぱら自然の掟の中で暮らす生き物たちと遭遇することの快感は本当にゾクゾクするって感じなんです。とりわけ、彼らの眼がいいネ、何んといっても、みんな輝きがある・・・優しげな眼、無邪気な眼、遠く太古の昔を懐かしんでいるような眼、獲物を狙う眼、円らな瞳、etc。やはり自分の力で生き抜いている奴らは、日々が生か死のはざまで生きている感じがして、なんとも素晴らしい。こうして大自然の中に暮らす動物たちに出会うと、血が騒ぎ、細胞内のミトコンドリアが活発に動き出して、すっかり野性を取り戻した気になり、完全にやみつきになってしまいました。
しかも、38億年前の太古の昔、地球で最初に生まれた生物から、奴らも、僕らも、進化してきた(?)と思うと、遠く太古の野性がみなぎる思いがするんです。飛躍しすぎかなぁ。〔平成25年3月追記〕

2011年は公私ともに思い出深いことがありました。1つは、オリンパス社の第三者委員会の委員の仕事をしたことです。このホームページの私の欄では、これまで個別具体的な仕事のことは触れませんでした。それは、プライバシーおよび守秘義務の問題に加わえ、どの仕事も精魂を込めた手造り品なので、個別案件を取り上げることに躊躇を感じたからです。しかし、今回は、多くのすばらしい仲間たちとのチームプレーによって仕上げた仕事として心に強く残ったので特筆します。以前にも、この件と同じような金商法の虚偽記載そして過年度決算訂正が問題となる案件で、第三者委員会の委員長をやり、短期間に膨大な調査をすることを経験していました。また第三者委員会の仕事は時間的制約があるため誤った事実が調査報告書に記載され、その結果、身に覚えのない濡れ衣に苦しむ経営者の代理人をしたこともあるので、いかに慎重な調査が必要かも身に沁みていました。だからこそ、第三者委員会の仕事は真相究明が命と思っていました。そして、今回、甲斐中委員長の下、60名近い弁護士・公認会計士のチームが真相究明に向け文字通り心を一つにし40日間近く粉骨砕身して調査をしました。その結果、この短い期間の中で能う限りの真相を解明することができたと自負しています。私もこうしたチームの一員として役割を果たすことができたことは、これまでの弁護士経験の集大成ともいえ、今後の仕事の大きな支えになると思います。報告書を提出して3か月近くが経過した今でも、粘り強く調査し、それを踏まえ深夜まで議論をした仲間の顔が思い出され、とても爽やかな気分に浸れます。

もう1つは、アフリカ・タンザニアへの旅行で、5月のGWです。サバンナは高地のため思いのほか涼しく、風がとても爽やかでした。この爽やかな風は、気球に乗って空から眺めると、見ることができます。また、サバンナでは雨は「降る」といわず「来る」と言います。雲から地上まで大きなカーテンとなって、近づいて来ます。それもこれも、日本に住んでいては見当もつかない程にだだっ広いからです。そんな草原では、ライオンが、家族で昼寝を楽しみながら戯れ、片や雌がヌーの群れに近づき物色しています。しかし、こうした光景は、サバンナの中をジープで駆けまわってポツポツとしか見ることができません。サバンナで暮らす動物たちの生態系はかくも広大な自然を必要としていたのです。多様性が失われていく原因をこの眼で認識した気がします。
タンザニアでは、他の哺乳類を追いやったヒトの進化の足跡にも触れました。ホモ・ハビリスという猿人から原人への移行種の人骨化石やアウストラロピテクス(猿人)の化石が発見された人類発祥の地といわれるオルドバイ渓谷へ行ったのが、それです。渓谷を見渡せる小高い丘には、掘っ立て小屋然とした博物館があり、約350万年前のものとみられる2足歩行の足跡化石(ラエトリ遺跡のもの)のレプリカが展示されていました。この足跡は、3個体(うち1体は明らかに子供と思われる)のもので、いかにも家族の感じでした。それらを見たうえで渓谷のうねった岩肌をみていると、我々の祖先ないし祖先につらなるヒト科生物が住んでいた状況が目に浮かびました。

やはり弁護士という職業は僕の天職だと思います。これからも、個々の事件に精魂を込めて向き合い、たまに息抜きのため、動物たちの生きるさま、そして自然に触れ、人間のこと、ヒトのことに思いを馳せたいです(平成24年2月追記)

早いもので1年が経ちました。手帳を繰ってみると、相変わらず忙しい毎日で、いろんな仕事をしています。しかし、駆け出しのころと違い、訴訟事件に割く時間がめっきり減り、取締役や監査役等として取締役会その他の会社の会議に出席する機会が多くなりました。会社経営の本質は合理性の追求と透明性の確保(説明責任)にあるのではないか、と自分なりに理解して仕事にあたっております。倒産事件は会社の病理を扱いますが、今は平時における会社の生理現象をまのあたりにすることが多く、なかなか興味深いです。弁護士の仕事は幅が広くやりがいがあります。

それから、そうそう、今年はご褒美の続編で、5月にマダガスカルに行きました(7月にスコットランドでヘタなゴルフもしましたが・・・)。昨年行ったガラパゴスの島々は火山の噴火によって出現した海洋島ですから、そこに住む動物は南米大陸から海を渡って来たらしく、島々の異なった環境に適応して進化しました。まさにダーウィンの世界です。僕はそうした動物の中で、イグアナとりわけ陸イグアナが大好きです。学生時代に読んだ小説の中に出てきたイグアナは、その体内を流れる血の温度によって皮膚の色が変化する魅惑的な生き物でしたが、実物は思いのほか可愛らしかったです。それに対し、マダガスカルは大陸から分離してできた大陸島ですが、もともとは、かのゴンドワナ大陸の一部であったというから何とも好奇心を刺激されます。古くに大陸から離れ、新しく進化した動物に脅かされなかったため、古くからの動物が生き残っています。その代表がレムール(キツネザル)です。何んとも愛きょうのあるサルたちでした。とはいえ、マダガスカルは貧しく、食料にこと欠く人々は、政情不安で治安の悪くなったここ数年、レムールまでも食すに至ったとのことです。夜、ろうそくの光だけで暮らす人々の側を車で走り抜けましたが、何んともやりきれないものでした。  僕も遅まきながら、地球のこと、そこに暮らす生き物のこと、人間のこと、いろんなことに思いを巡らせざるをえないようです。(平成22年11月追記)

弁護士となって30年が経ちました。思い起こすといろんな事件を手掛けました。私の場合、最初の個人事件が弁護士になって半年ぐらいに友人の父親の経営する病院の清算事案でした。当時イソ弁をしていた事務所の弁護士の指導を仰ぎつつ、数字の読み方から勉強したことを昨日のように思い出します。勤務弁護士を丸3年やりましたが、この3年間で弁護士の基礎を学びました。それは、ともかく自分の足で事実を集め、自分の眼で事実を見極め、ともかく疑問の余地のないまで事実を追求すること、そしてそうした事実を踏まえて、自分の頭で事案の解決を考え、判例・学説の結論が合理的でないと考えたときは、とことん研究を重ね、最後は判例の流れにいどむ姿勢をもつことです。
とことん打ち込んで、無罪判決を勝ち取ったり、勝訴判決を取ったりしたときの感激は言葉で表現できません。
イソ弁を卒業し、一人立ちしてからは、個人事件として、何故か倒産処理事案を手掛けることが多かったです。20年以上前には民事再生法もなく、会社更生事件などは駆け出しの弁護士にはまわって来ませんから、会社再建というと大半が任意整理事案でした。債権者委員会を組織して再建を目指すのですが、民事再生法のような法律のうしろ立てがないため、大変な苦労の連続でした。民事再生法ができてからは、法律で枠組みが決まっている点は楽になりましたが、多くの債権者に迷惑を掛けることに変わりはないので、苦労は絶えません。しかし、何んとか再建をなしえたときの従業員・取引先・経営者その他多くの人の安堵の顔は忘れられません。
事務所の取り扱い事案として書いてあるものの殆どは、自ら複数件手掛けています。そうした事案を振り返って見て、つくづく弁護士になって良かった、弁護士は俺の天職だと思います。
40歳をすぎたころから、大事務所に所属し、多くの若い弁護士に事件を任せることができたこともあって、手を抜くことを覚えました。しかし、弁護士は所謂職人ですから、手を抜いた仕事は依頼者に見透かされてしまいます。職人は常に依頼者の厳しい眼にさらされて腕をみがき続けなければならないと思います。
10年前に今の事務所をつくったのは、もう1度自分を鍛え直さなければならないと思ったからです。
10年経って57歳となった今、以前のように体力にまかせて無茶苦茶仕事をすることはできなくなりました。しかし、これまでに培った弁護士としての基礎は忘れていません。これからも依頼者の方々の厳しい眼の下で、自分の腕をみがき続けたいものだと念じています。
それと同時に、今年から数年間、すなわち50代のうちに、60歳を過ぎたら体力的になかなか行けない地域をみてきたいと思っています。今年は手始めに、5月に念願のガラパコスに行き、8月にはリンクス・ゴルフをしにアイルランドに行きました。30年真面目に仕事をしてきた自分に対するご褒美と思ってます。そいうことで大目にみてやって下さい。
これからも依頼者の方々に満足して頂けるリーガル・サービスを提供できるよう日々の研鑽を忘れないように頑張るつもりです。(平成21年10月執筆)